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二章:湖城の秘密 その9

 アリーチェ達一行は真っ暗な地下トンネルの中を進みます。
 先頭を行くのは三人の隊長であり、アリーチェの”想像”した燭台の灯りと地図を手にしたリズです。その足元にはラプトがぴったりと寄り添います。
 そして後には、うたた寝中のぴよぷーを頭に乗せたアリーチェと背後を警戒するハミットが並んで歩いています。
 地下に広がるこの巨大な地下トンネルは、有事の際に王や城内の人間が逃げ出せるよう秘密裏に造られたもの。出口は一箇所というわけでなく、アリーチェ達が入ってきた馬小屋の奥の他にも、町中や郊外の山中など複数箇所にあります。
 もうじき、地下に降り歩き出してから一時間が経とうとしています。
 馬小屋から廃城までの直線距離はおよそ二百メートル。そのまま真っ直ぐに進むことができれば三分とかかりませんが、さすがにそう簡単にはいきません。
 トンネル自体はある程度広さ、高さが確保されており歩きやすいのですが、道が迷路のようにごちゃごちゃと入り組んでいるのがまず問題です。
 おまけに王城が今の場所に移動してからは手入れされることもなくなってしまい、崩落したまま放置されている道が所々あるせいで、現在位置はかなり迂回した場所となっています。
 当時の地図を資料として持たされているものの、崩落した道などは歩きながら確認しつつ進まなければならず、これもまた時間がかかる原因となっています。
「想像以上の回り道ね……これなら多少危険でも直接乗り込んだ方が良かったかもしれない」
 先頭のリズが苛立ちのこもったため息をつきました。
「今はどのあたりなんです?さすがに周りの景色がこうも真っ暗だと方角すらわからない」
 暗闇の中、閉鎖的で代わり映えのしない空間を歩き続けているせいか、少し疲れた様子のハミットが尋ねます。リズは振り返り地図の一角を指し示しました。
「ここね。今から戻るよりはこのまま進んだ方が早いとは思うのだけれど」
 二人があれやこれやと話し合っているそばで、アリーチェが不安げな顔で黙っていると、それに気づいたハミットが声をかけてきました。
「疲れたのかい?こんなに厳しい試験を出すなんて、会長も鬼のような人だな。
 有能な人材でも最初から使えるなんてことは滅多とないのに」
 アリーチェは首を振ります。
「ああ、いえ。体は大丈夫です。元々はとても田舎のほうに住んでいたので。
 ただ、暗いし遺棄されたお城の隠しトンネル、なんて聞くとお化けが出そうで怖くて……」
 リズが小馬鹿にしたような様子で話に割り込んできました。
「あなた、その歳でまだお化けの存在を信じてるの?
 第一、もし何か突然出てきたとしても、魔法が使えるんだからどうとでもできるでしょうに」
リズの物言いに、アリーチェの不安が更に増します。
「で・・・・・・で、出るんですか?」
 泣きそうな顔で訊ねるアリーチェ。答えたのはハミットです。
「まあ、出てもおかしくはないかもね。この城に最後に住んでいたアネッサ様はアルカノス教皇が差し向けた暗殺者から逃げきれずに殺されたらしいから。
 誰ぞやが夜中に目撃したとかいうこの件の犯人とやらも、化けて出た怨霊が見間違えられてたりして」
「ひぃえっ!?」
 アリーチェが大きく身を震わせ、両耳を塞いでしゃがみ込むと同時に、リズが手に持っていた灯かりが燭台ごと消え、辺りが一瞬にして本当の暗闇に包まれました。
 恐怖によってアリーチェの集中が途切れてしまったようです。
「ひゃああ、ままま、まっくら、おばけ、おばけ……ぴよぷー!」
「ぷー!ぷー!」
 周りの状況を確認できなくなり、更に混乱するアリーチェ。嫌がるぴよぷーを抱きしめガタガタと震えます。
「ちょっと!ハミット、冗談はいい加減にして」
「ははは、すいません。ちょっとやりすぎました」
 相手がこちらの動向を伺っていた場合、暗闇となれば好機のはず。
 まさかこれだけ広い迷路の一通路に監視を置いているとは思えませんが、もしもの事を考えて行動せねば危険を招きます。
「ラプト、見張りを。ハミットも備えておいて。
 アリーチェ、お化けなんてものは幻想よ。実体のないものだけれど、誰かの想像によって作り出されるものよ。相手がいるのだからどうとでもなるの。
 大丈夫だから立ち上がって。もう一度灯かりを作るのよ」
 白い板にペンで絵を描く白板魔法と、暗緑色の板にチョークで絵を描く黒板魔法では、作り出すのに向き不向きなものがあります。白や黄の光で構成される灯かりは当然黒板魔法で作り出すのが一番。
 リズやハミットでは替わることのできない重要な役目です。
「おばけ、おばけが……」
 依然として縮こまったままのアリーチェに対し、リズは事実を突きつけます。
「アリーチェ。あなたが灯かりを想像しないと、お化けが出てきやすいと言われる真っ暗な環境のままよ」
「あわわ、やや、やります、やります……!」
 アリーチェは蒼白な顔でふらつきながらも立ち上がると、ポケットに手を差し入れ、手触りだけで白と黄のチョークを探り当てました。
 雑にならないよう燭台を描き、蝋燭、そして光を描いて呪文を唱えました。
「ライズ!」
 リズが広げていた手の上に燭台が現れ、ぱっと光が広がります。
 素早く辺りを見渡す一同。どうやらネズミの姿は見当たらないようです。
「全く……。二人共もう少し考えて行動なさい。
 無駄に体力を使って消耗するだけよ」
「申し訳ない。まさかこんなに大事になるとは」
「すみませんでした……」
 緊張を解き、苦笑するハミットと力なく頭を垂れるアリーチェ。
「進むわよ。もうすぐ着くんだから、改めて気を引き締めてちょうだい」
「リズ」
「どうしたの、ラプト……ん?」
 歩き出しかけたリズを前方から呼び止めたラプトが咥えていたのは、三センチほどしかない小さな白ネズミ。血は出ていませんが、気絶しているのかぴくりともしません。
「その子は確かユキちゃんだったような」
 アリーチェが頭の中のネズミ辞典と照合します。
「何なの、その名前は?」
「そ、そのう、覚えやすいかなと」
「……まあいいわ。リストにあったネズミね。ラプト、このネズミはどこで」
「アッチ。カゲカラノゾイテタ。
 コワイカオシタラニゲタカラ、ツカマエテキタ」
 ラプトが前足で前方の曲がり角を指し示します。
「そう、いい子ね」
 リズがネズミを受け取り、ラプトの頭を優しく撫でてやると、ラプトは目を細めリズの手に顔をこすりつけて喜びます。
「ハミット、カゴは?」
「持ってますよ。どうぞ」
 ネズミはハミットが持ち上げ、蓋を開けたカゴの中に放り込まれました。
 カゴには布の覆いが被せられ、これで中から外の様子を伺うことはできなくなります。
「こちらのことが相手に割れてしまったわね。
 同じ場所に留まっていると危険よ。急ぎましょう」
 三人は頷きあうと、先を急ぎます。
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