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二章:湖城の秘密 その2

 赤、黄、緑、青、茶、そして一番奥にそびえる王城の白。色とりどりのレンガの建物が整然と並ぶ町並みに、王都を訪れた人々はまず感動を覚えるのだそうです。
 アリーチェもその例に漏れず、改札を出て王都の景色を一望できる駅前の階段広場で足を止めてしまいました。
「わあ……」
 思わず口から出たため息も半ばで止まってしまいます。
 外から来た客人に”この景色”をどうしても見せたい――ファーゴットに駅を造る際、前王はあえて不便な王都の外れに山から運んだ土を盛り、その丘の上に駅を造らせたといいます。
 当時は賛否両論、真っ二つに意見が分かれた前王の決断ですが、今では好意的な意見が大半を占め、駅前の階段広場は王都の観光スポットの一つとして確立されています。
 町並みを背景に写真を撮る恋人たち、筆をとる若い絵描き、腕を組み景色を眺める老夫婦。アリーチェは人々の波を掻き分け、王都に降りるバスの停留所に向かいます。
「大通り行きのバス停はこちらー!列の最後尾はここです!」
 紺の制服と制帽を身に着けた係員が、真っ赤な旗を片手に大声を上げています。
「うわっ」
 停留所にはバス待ちの長い行列が出来上がっていました。人数は軽く三桁を超えているでしょう。次のバスどころか、その次のバスにもとても乗れそうにありません。
「ぴーぴぃ」
 立ち止まっていたアリーチェの頭にぴよぷーがどしっとのしかかってきました。
 地元のリロフォンや黒の森ではよくこうして頭を休憩所にされていましたが、ここは地元ではなく全く見知らぬ土地。あまりに目立つ行動は控えたいものです。
 旅立つ前によく言い含め、ぴよぷーもそれを了解したのだとばかり思っていましたが……。
「ちょっとぴよぷー、外では頭に乗らないでって言ったじゃない」
 頭上の五キロの図体に向かって文句を言いますが、ぴよぷーは頭から降りる必要はない、といった風体でちらりと一瞥をくれてきただけでした。
 この調子では無理矢理にどかそうとしても、手を突かれて痛い思いをするだけでしょう。
「うーん」
 バス待ちの行列に目をやります。バスはまだ一台も来ておらず、行列はじりじりと伸びています。
 バス三台分の待ち時間があればさすがに徒歩でも街に着いていそうですし、ぴよぷーが乗車中ずっと大人しくしているとも思えません。そうなると、これは歩いて街まで降りたほうが良さそうです。
「せっかくだし、景色を楽しみながら歩いて行こっか?」
「ぴー」
 ぴよぷーは心地よい風に体毛をなびかせながら、気のない返事を返してきました。どうやら特に異論を挟むつもりはなさそうです
 バス待ちの行列を通り過ぎ、なだらかな斜面の道路脇、幅広の階段を下ります。
 穏やかな日差しに頬を撫でる風、そして眼下に広がるのは今まで見たことのなかった大きな王都の景色。
 小さな頃からの憧れ、夢にまで見ていた旅がこれから始まるのだという高揚感も相まって、アリーチェはわくわくが止まりません。旅立ちの日に今日を選んで正解でした。
 構内よりもずっと長い階段を軽やかな足取りで下りきると、立派な門が見えてきます。
 周りの人に混じって門をくぐると、そこはついに王都の中。
 大通りはリロフォンの三倍ほどの幅があり、そこを歩く人や両脇に建つ建物の数も、見知った町とは比較にすらなりません。
 そして門を入ったばかりの大通り沿いといえば……そう、赤いレンガの商業区域。どのお店にも、美味しそうな食べ物や綺麗な土産品など、どれも魅力的に映る品々が数多く陳列されています。
「ぴっぴー!」
 ぴよぷーがさっそく何かを見つけ、アリーチェの頭上で暴れだしました。ぴよぷーの視線の先には、焼き物専門の出店。焼き上げられたばかりの焼き鳥の串が積まれていくところです。
 アリーチェは駅のホームでの約束を思い出しました。
「そうだ、買ってあげるって約束だったもんね」
 懐から財布を取り出し、串焼きを二本買うと一本を自分で頬張りながら、もう一本をぴよぷーに差し出すふりをしてさっと後手に隠します。
「ぴっ!?」
「一つだけお願い。今後この王都では大人しくしていて。
 野鳥を追いかけ回したり、知らない人の帽子をつっついたりしないで欲しいの。
 お願いを守ってくれるなら、一日一本串焼きプレゼント」
 アリーチェの”お願い”はぴよぷーにとって難題だったようで、ぴよぷーはよだれを垂らしながら難しい顔をして考え込みます。
 アリーチェはそんなぴよぷーを急かすように、目の前で串焼きを左右にふらふら。
「ぴ……ぴぃ」
 一日一本の串焼きの前に心が折れたのか、ぴよぷーは難しい顔のまま頷いたように見えました。
「よし、商談成立ね。じゃあはい、これ」
 アリーチェの差し出した串焼きにぴよぷーがかぶりつきました。器用にくちばしを使って鶏肉だけをはぎ取り、味わうようなこともせず丸飲みにしていきます。
 アリーチェがゆっくりと味わいながら二切れ目に口をつけた頃には、串焼きはすっかり串だけの状態になっていました。
 相変わらずの早食いに感心しながら、アリーチェはイルマに教わった宿屋に向け人混みを進みます。
 出店や服屋、雑貨屋などのひしめく商業区域を抜けると、宿の建ち並ぶ一角が見えてきました。
 ぱっと見ではどの宿も赤レンガの建物ばかりで、善し悪しの推測がつきません。
 やはりイルマに良い宿を聞いておいて正解だったようです。
 適当な横道を見つけ、アリーチェは大通りから一本奥の通りへと足を進めます。
「青い看板……だったっけ」
 左右を忙しなく見比べながら北へ向けて歩いていると、コバルトブルーの看板が目に入りました。
 看板には白い字でリタルダンド、と書かれています。
 確かに店構えは周りの建物と比べて一回りも二回りも小さく、知っていなければまず見過ごしてしまいそうです。
 アリーチェはぴよぷーの提げた鞄から地図を取り出しメモで店名が合っていることを確認、重たそうな木の扉を開けて中へ入りました。
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